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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)10494号 判決 1967年7月11日

原告 ジョン・イシモト

右訴訟代理人弁護士 稲沢宏一

被告 韓国銀行

右訴訟代理人弁護士 作田高太郎

他三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告の申立(請求の趣旨)

(一)  被告は原告に対し三八、九三三、五九二円およびこれに対する昭和三七年一〇月二二日から支払ずみまで年五分五厘の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告の申立

主文同旨の判決を求める。

第二、当事者の主張

一、1請求の原因

(一)  無記名定期預金債権

(1)(イ)訴外泰昌産業株式会社(以下「訴外会社」という)は昭和二九年一〇月二〇日被告東京支店に二九、一七二、八九九円を預金し、同三二年六月一七日右預金を無記名定期預金(期限一年、利息年五分五厘、期限後利息日歩六厘、定期預金番号FD―一三三五番)に組換えた。

(ロ) 以後訴外会社は毎年満期後にその年の利息を元金に加えた額を新規に期間一年の無記名定期預金(利率は前記のとおり)をして預け入れており、昭和三九年一〇月一七日当時にはその元本は三八、九三三、五九二円となり、右は昭和三七年一〇月二二日預入、定期預金番号FD―一六九四番、利率は前記のとおりとする無記名定期預金(以下「本件預金債権」という)となった。

(2)(イ)原告は昭和三九年一〇月一七日訴外会社から、本件預金債権および利息債権を譲受け(以下「本件債権譲渡」という)た。

(ロ) 同日、訴外会社は同日付内容証明郵便をもって、被告に対して、右債権を原告に譲渡した旨の通知をなし、右通知は同月一九日被告に到達した。

(3) よって、原告は被告に対し右無記名定期預金元本三八、九三三、五九二円および、これに対する昭和三八年一〇月二二日から支払ずみまで、年五分五厘の割合による約定利息の支払いを求める。

(二)  準拠法

(1) 譲渡債権の成立および効力については法例七条の適用があるが、本件では当事者の意思が不分明であるから行為地法によることになる。しかるところ、本件定期預金契約は日本国内においてなされているのであるから行為地法である日本法が準拠法である。

(2) 債権譲渡行為の方式については、法例八条二項により、行為地法である日本法が準拠法である。

(3) 債権譲渡行為の成立および効力については、「当事者の自由に選定した法律又は行為地法による」とするものと「譲渡債権の準拠法による」とするものとの二つの見解が存するが、いずれによっても本件の場合日本法が準拠法である。

(4) 債権譲渡の第三者に対する効力については、法例一二条により、「債務者の住所地法」によることになる。したがって本件では被告の住所は韓国であるから韓国法が準拠法となる。

二、請求の原因に対する被告の答弁

(一)  無記名定期預金

(1)(イ)の事実のうち、原告主張の日時その主張のような無記名定期預金契約が成立したことは認めるが、その余の事実は否認する。昭和二九年一〇月二〇日被告東京支店が訴外会社から二九、一七二、八九九円を受け入れたのは特段預金として預置したものであって、両者間に預金契約が成立したものではない。(ロ)の事実は認める。

(2)(イ)の事実は不知。(ロ)項の事実は認める。

(3)項の主張は争う。

(二)  準拠法

(1) 本件の場合につき、譲渡債権の成立および効力と債権譲渡行為の方式およびその成立および効力について日本法が準拠法である点は結論的には問題ない。

(2) しかし債権譲渡行為の対抗要件の問題に関して基準となる債務者の住所地は本件においては営業所(支店)所在地たる日本とすべきである。すなわち、(イ)商法四七九条には外国会社が日本で継続取引をなす場合には日本における代表者を定め、その住所またはその他の場所に営業所を設定すべしとしており、外国会社の普通裁判籍(民訴法四条)商業登記の登記所の管轄(商法九条、非訟法一三九条)、破産事件の管轄(破産法一〇五条)、営業所閉鎖命令に関する管轄(商法四八四条、非訟法一二六条三項)および、日本所在財産の清算に関する管轄(商法四八五条、非訟法一三八条の一六)等が右の住所地を基準として決定されている。したがって、その意味からも、法例一二条にいう債務者の住所地は本件の如き場合は被告東京支店の所在地とみるべきである。(ロ)更に、本件債務の義務履行地は第一次的には日本であり、したがって、その特別裁判籍は日本である(民訴法五条)。法例一二条の立法趣旨が通知を受けるべき債務者の利益保護にあるものとすれば、本件の場合その住所地を第一次的義務履行地である日本とみるのが妥当である。したがって債権譲渡行為の対抗要件に関しての準拠法は日本法である。

三、抗弁

(1)  性質上譲渡禁止債権

本件無記名定期預金は、昭和二九年七月二一日韓国財務部長官が被告総裁宛になした「訴外会社の在日本国所有株式売買代金を被告東京支店に預置しておくこと」との内容の財理第一、三一一号の決定に基づき、被告が同年一〇月二二日右預置金を別段預金となしたものである。その後両者協議の上、昭和三二年六月一七日右預置金は定期預金の形式に改められ、前記のとおり本件預金債権(番号FD一九六四)に至るまで、満期の都度書きかえられて現在に至っているものである。よって本件預金債権は預金者の払戻譲渡等の処分の予定されていない債権であり、したがって、その性質上譲渡しえざるものである。よって本件譲渡は無効である。

(2)  預金証書の不所持

かりに右(1)の主張が認められず、また、原告、訴外会社間において、原告の如き譲渡があったとしても、本件預金債権は無記名定期預金であり、その証書は有価証券性を有するから、右譲渡に際しては、預金証書の交付がなければ債権譲渡行為は効力を有しない。しかるに、右証書は訴外会社、被告間の無記名定期預金債権契約以来被告が所持しており、原告、訴外会社のいずれに対しても交付された事実はない。したがって、本件譲渡行為は無効である。

(3)  債権質の設定

右(1)および(2)の主張が認められないとしても、被告は昭和三二年六月一七日、訴外会社に対する五五〇万ドルの貸付金に関して、質権設定契約をなし、両者協議の上、訴外会社は被告に対し本件預金債権を質権の目的物として差入れたものである。よって質権設定者である訴外会社は質入債権たる本件預金債権につき処分権を有しないものでありそのような訴外会社によってなされた譲渡は無効である。

(4)  譲渡禁止の特約

かりに(1)ないし(3)の主張が認められないとしても、本件預金債権に関しては被告訴外会社間に譲渡禁止の特約が存した。しかして、本件定期預金債権については右特約の記載のある預金証書が存する以上、原告は悪意であったというべきであり、また、かりに悪意でなかったとしても、定期預金債権を譲受けるに当って、預金証書の交付も受けない点は過失というべく、したがって、いずれの点からしても、譲渡は無効である。

四、抗弁に対する原告の答弁

(1)の事実のうち被告主張の決定のあったことは認めるがその余の事実は否認する。なお、韓国政府の行政命令により我が民法上の債権が性質上譲渡禁止となることはない。

(2)の事実のうち、預金証書が被告の手許に存したことおよび、原告が債権譲渡を受けるに際し、右証書の交付を受けたかったことは認めるがその余の事実は否認する。

(3)の事実は不知

(4)の事実は否認する。なお、預金証書は終始被告の許に所持されておったのであり、預金証書に譲渡禁止の特約条項が記載されていたことは訴外会社すら知らなかったものである。原告は右特約の存在を知る機会はなかったものであり、善意である。

五、再抗弁

(1)  質権設定契約の強行法規違反

かりに本件債権が被告に対して質入れされていたとしても、本件定期預金は外国為替および外国貿易管理法三一条に定める本邦内の証券に該当する。したがって、右証券に質権を設定することは、強行法規たる同条に違反し無効である。

(2)  質権設定契約の対抗要件不存在

かりに(1)の主張が認められないとしても(イ)本件質権は銀行の自己預金の質入であるから原告に対抗しうるためには、担保差入証に確定日付を付す必要があるが、本件においては右担保差入証は存在しない。もっとも、昭和三六年三月ごろ作成されたものとされている右提供証とみられる差入証は存するが、韓国ではその前年に革命が勃発し訴外会社も当時革命軍の支配管理下におかれ帳簿等の書類を押収されていたものであるから右証書が訴外会社において作成される余地はなく、したがって革命軍関係の者により偽造されたものである。

(ロ) またかりに右証書が有効に作成されたとしても、右証書によって担保に供された定期預金債権は定期預金番号FD一五三四号でありしかも同預金債権は、解約済みである。よって、本件定期預金債権(FD一六九四号)に対する質入提供証は存在しないこととなり、本件質権の設定は原告に対抗しえない。

六、再抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三、証拠<省略>。

理由

一、準拠法について

(1)  債権の成立および効力については、法例七条には、当事者の意思にしたがうべきこと、意思不分明のときは行為地法によるべきことが明らかにされているが、本件預金債権成立に当っての当事者の意思は明らかでなく、また、当事者が共に韓国人であるという事実のみでは黙示意思により韓国法を準拠法とする旨の指定があったとみることはできないから、行為地法である日本法が準拠法である。

(2)  債権譲渡行為の成立及び効力については明文は存しないが、債権譲渡行為が準物権行為とみなされるものであり、原因債権からは明確に区別されるべきものであることからして、譲渡債権の準拠法によるべきとするのが最も妥当である。けだし右の如く解することにより、譲渡人、譲受人、債務者の三当事者の相互関係がすべて同一の法によって判断されることとなり、法律関係の簡明が期され、更には、譲渡債権の債務者の利益保護という要請にも資するものであるからである。よって、(イ)に示したところにより、譲渡行為の成立及び効力についても日本法が準拠法となる。

(3)  譲渡行為の方式については法例八条により譲渡行為そのものの準拠法によるか、もしくは行為地法の定めによるとされている。したがって、いずれによっても本件では日本法が準拠法となる。

(4)  譲渡行為の第三者に対する効力については、法例一二条により、債務者の住所地法によることとされている。本件においては債務者の本店所在地は韓国であるが、右債務者は日本に支店(営業所)を設けているのであるから、債務者の住所地は本件の場合支店の所在地である日本というべきである。けだし債権譲渡の第三者に対する対抗という問題は譲渡債権の債務者の利害関係を中心として考慮されるべきものであり、このような債務者の利益保護という要請が法例一二条の立法趣旨とされていることにかんがみれば本件債権の支払地(義務履行地)が第一的次には支店所在地の日本である以上法例一二条にいう住所地は日本とみるのが、同条の趣旨に最もよく合致するからである。

(5)  債権質権設定契約の準拠法については、債権質は権利を客体とし、その客体である権利の運命に直接影響を与えるものであるから、客体である債権の準拠法によるべきであり、したがって本件では(イ)に示したところにより、日本法が準拠法である。

(6)  よって、本件では、すべて法律判断の準拠法は日本法である。

二、債権譲渡行為について

<省略>を総合すれば原告、訴外会社間に本件譲渡が成立したことが認められ他に右認定に反する証拠はない。

三、無記名定期預金証書の性質について

被告は無記名定期預金債権を有効に譲受けるためにはその預金証書の交付を受けることが必要であると主張するが、無記名定期預金証書は、その預金債権の発生、行使又は移転が証券によってなされることを要するものではなく有価証券性を有すると解すべきものではない。ただ無記名定期預金は、預金に際し預金者の氏名・住所を問わないことを建前としているから、預金証書が無記名であることが通常の定期預金と異なるにすぎず、印鑑届出照合の制度があり、譲渡、質入禁止特約の存することからすれば、無記名ではあるが特定人を預金者(債権者)とする一種の指名債権と解すべきであり、こう解することは実務の要請には合致するものである。よって、この点に関する被告の主張は理由がない。

四、韓国財務長官行政命令と債権譲渡の効力について

被告は、本件預金の基本債権は、抗弁事実(1)主張のような内容の韓国財務長官の被告総裁宛財理第一三一一号により被告銀行東京支店に預置されたのであり、したがって、本件定期預金債権は性質上譲渡禁止債権となったと主張するので判断すると、右主張事実は<省略>によりすべて認められるが、我が民法においては、債権は譲渡性を有するのが原則であるところ、右原則を韓国財務長官の行政命令によって、制限することを許す法律上の根拠はない。したがって本件預金債権は性質上譲渡禁止債権ということはできない。

五、債権質設定による譲渡無効について

被告は本件債権は被告の訴外会社に対する貸付金の質入債権となっているので、右質権設定者たる訴外会社は本件預金債権を処分する権限がないと主張するが質権設定者にその質物(本件では無記名定期預金債権)の譲渡等の処分を当然に禁ずべき法律上の根拠はないから、この点に関する被告の主張はそれ自体失当である。

六、譲渡禁止特約と原告の悪意について

譲渡禁止特約の存在については、<省略>によれば右特約の存在が認められ、他にこれに反する証拠はない。ところで、前示のとおり無記名定期預金債権は通常の定期預金債権と異なり、預金者は預金義務者(銀行)に対し預け入れに当って、預金者の住所、氏名の届け出をなされないで、ただ取引に使用する印鑑のみを届け、これに対し銀行は、預金証書に預金者名義を表示せずにこれを発行するものである。そのため銀行は債権者の判定をなすに際しては、預金証書の所持と届出印鑑の照合によってこれをなすのであり、銀行は、預金証書および届出印章を呈示した者に対して、元利金の払戻しをなせば、たとえその者が真実の債権者でなかったとしても免責を受けるとされているのである。無記名定期預金には右のような特質はあるけれども、もとより無記名債権ではなく、一種の指名債権であるから、その譲渡は、通常の定期預金の場合と同じく債権者と譲受人との間の契約によって移転の効果が発生し、預金証書の授受を必要とするものではない。しかしながら銀行取引上、普通預金、通常の定期預金の場合と同じように無記名定期預金には例外なく債権譲渡禁止の特約があり、右特約は預金証書に明記されていることは銀行取引上顕著な事実である。したがって、銀行取引に経験のある者は右特約を知っていることを推認することができるのであるが、右経験のない一般人であってもいやしくも無記名定期預金債権の譲渡を受ける者は、預金証書が存在することを知っているものと推認するのが相当である。実際にも、無記名定期預金債権の譲受人は、預金証書の重要性を知っているから、債権譲渡に際しては、特段の事情の存しない限り預金証書の授受を伴うのが一般であり、このことは経験則上明らかである。ところで、本件においてこれをみるに、原告本人尋問の結果によれば、原告は、大学教授であることを認めることができるから、原告は、銀行取引につき経験のある者であり、譲渡禁止の特約を知っていたものと推認するのが相当である。かりに原告が銀行取引につき無経験者であったとしても、本件において預金証書は終始被告の保管するところであって訴外会社から原告に対してその交付がなされなかったことは当事者間に争いがないところであるから、債権の譲渡を受けようとする原告は、預金証書の交付がなされないことに疑念を持ち、何らかの方法で預金証書の存在を確認しかつ預金証書に譲渡禁止の特約等が記載されていることの有無を確認すべきものであるといわねばならない。ことに本件のごとく一個人である原告が三八九三万余円の債権を譲受けるに際してはなおさらのことである。しかるに原告が右の手続をなしたことは本件全証拠によっても認められない。また右債権譲受の原因関係については原告は何らその主張をなさない。してみると、原告は本件債権譲受当時右債権には譲渡禁止の特約が存した事実を知悉していたか、少なくとも右事実を知らなかったことにつき過失があったものといわねばならないから、原告は、本件無記名定期預金債権の譲渡禁止の特約につき善意の第三者として保護を受けるに値いする者ではない。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず他に右認定を覆すに足る証拠はない。

七、結語

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、<以下省略>。

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